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2009/10/01.Thu

25年前の双子の出産③

今日はいいお天気の千葉です。
朝から洗濯に大忙し。

ぽちはといえば、のそのそと私のベッドから起きて来て、ヨーグルトをペロペロ。
ぽちにはあまあまのゴジ母。
双子には厳しかったんです(時折ケリを入れながら)。





昨日の続きを。
眼科のオペ室で帝王切開することになった私。
恐怖に引きつりながら、手術台へ。
背中に局部麻酔を注射してもらったのですが、足は動くし頭もはっきりしてる・・・
え?
麻酔効いてる?

ドクター「あなたより、子供が大事。早く出さないと大変!」

「ぎょえ~~~!」


もう次の瞬間、手術がはじまり
焼きゴテでお腹を切っていく感じ。
熱痛い 

腹膜って1枚じゃないんですね。
何枚もあって。。。
ドクター「トレー取って」
その後に小さな泣き声が・・・

「おぎゃ、おぎゃ」
一人目が取りだされました。
その後は聞こえません。
するとドクターが「二人目取りだしたから、麻酔してあげて」と。

ガチャガチャ器具の音の中、意識が遠のき
気がつくと病室のベッドの上。
「痛い!」
お腹の上にはアイスノンが置いてあり、腕には点滴。

赤ちゃんがいない!!!



お義母さんが来て、
「双子は保育器がなかったので別の国立病院へ救急車で運ばれたよ」と話してくれました。
旦那はそちらに行っていると。


生きてるの?
元気なの?
私のせいだ。。。


出産は病気のうちに入らないと言われ、
当たり前に普通に産まれてくると信じていた私。
この現実が受け入れられない。


次の日、旦那がやってきて「元気だぞ!男の子と女の子の双子だ」
そう言って笑ってました。

よかった♪
これで私は安心し、眠れるようになりました。
それからはお乳をしぼり冷凍したものを旦那に運んでもらう毎日。
早く退院して子供に会いたい。
ただそれだけ。


手術から2週間後、退院。
すぐさま子供が入院している病院へ。

そこで聞かされた真実は、
極小未熟児であること。(1260gと1310g)
2か月は保育器の中で治療が必要なこと。
目が見えないかもしれないこと。
その他もろもろ・・・

小さい声で泣いたのは息子(1310g)で、仮死状態で生まれたのは娘(1260g)。
保育器に入っている二人を見たとき、絶句しました。
いろんなチューブをつけ、おでこから点滴。
口から管でお乳を飲んでる。

泣けて泣けて、この子たちに申し訳なくて涙がとまりませんでした。



旦那は私が入院している間、私の体のことを思い黙っていてくれたのでした。
一人で生死の不安な二人を見ていてくれたのです。
一言も私を責めず。


私「目が見えなかったらどうする?」
旦那「ピアノでも習わせればいい」
私「精神薄弱児だったらどうする?」
旦那「一生そばにいればいい」


旦那には感謝です。
そしてここから私の試練が始まりました。






読んでいただき、ありがとうございました。
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母(私) | Comments(0) | Trackback(0)
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